2022
1
Jan

FUKIKOSHI HIROAKI [吹越 広彬]

明日死ねるか?

どれだけ頭がいかれるぐらい考えて考えて
考えまくって、そしてどこに辿り着く?

 

死ぬ間際に何を思っているか?

 

死ぬ間際がいつなのか?

 

そんな事を考えて考えて、
そして、ふと思う。

 

今は絶対分からんなと。

 

死ぬ間際にわかるだろうな。
死ぬ間際もついでに分かる。

 

起きた時に起きた時のことを
考えた方がいい。

 

じゃあ今は?

 

今は何を考えればいい?

 

今何を考えればいいかを考えればいい。

 

分からなかったらなぜ分からないかを
考えればいい。

 

考えるのが疲れたら考えなかったらいい。

 

考えないで、ただ日々を過ごせばいいのか?

 

どうやって?

どうやって過ごせば満足だ?

 

楽しくか、悲しくか、嬉しくか、辛くか、
感情を選択できるぞ。

 

 

良いことを教えてやる。

 

人間の人生の満足度は喜怒哀楽の
総量によって決まる。

 

つまり、ただ楽しいや喜びだけだと
足りないらしい。

 

そこには怒りと、哀しさも必要だったり
するらしいな。

 

つまり、毎日感情的になって
生きたらいいらしい。

 

メンヘラが一番最高じゃねって思
ったりする。

 

あいつらなんてクソほどわがままじゃん。

 

なんで俺がおめーに振り回されねーと
いけねーんだよ。と俺はなるから、
そういうめんどくさい系の奴らは、
俺はスパスパ切っていくけどな。

 

でも、死ぬ間際の人生を見通したときに
自由にわがままに生きた奴らは
喜怒哀楽の総量が高いから満足して死ぬと。

 

楽しそうだよな。

 

うらやましいなと思ったりする。

 

ただ、俺はそういう人生は今の所
選ぶ事ができない。

 

なぜなら責任を引き入れているから。

 

責任なんてひとつもなかったら、
俺はそう過ごすことを選ぶし、望む。

 

人間ってのは面白くて、何の責任もなく
生きていると死にたくなる。

 

自分がカラッポで生きている価値が
ないように思えて。

 

はい、メンヘラの完成だな。

 

ひとつの責任もない世界=自由=孤独

という方程式が成り立つ。

 

つまり精神力が相当強くないと、
精神がやられる。

 

だから、人は積極的に責任を
引き入れていく。

そんなに精神的に強い人間なんて
ゴルゴ13かスナフキンぐれーしか
いないから。

 

そして責任がなくて精神力が弱いと、
メンタルがヘラってくると。

年中死にたいって言ってると。
死ぬつもりもないくせのただの
かまってちゃんと。
そして俺はそういうヤツをいじると。笑

 

 

責任を引き入れるってのは、
例えば、結婚して子供を育てるとか。

 

起業するとか、従業員雇うとか、

上の役職につくとか、部下を持つとか、

 

その分忙しくなるし、自由度も
低くなってくる。

 

だけど、人生の満足度が上がる。

 

充実してくる。
責任を引き入れているからな。

 

自分を必要としてくれる存在が
いるっていう事に対して安心するって
やつだ。

 

これって何ていうか分かるか?

 

組織充足欲求という。

 

人間の欲求には6段階あって
マズローっていうユダヤ人の学者の
おっさんが唱えた仮説だ。

 

組織充足欲求
自己実現欲求
承認欲求
愛の欲求
快適欲求
生理欲求

 

生理欲求が一番下の欲求で、
上にいくに従ってより高次元の欲求になる。

 

人間の一番上の欲求は組織充足欲求って
事だ。

 

つまりだ、

人間は誰かに必要とされることに
一番の欲求を感じているんだけど、
それと同時に自由になりたいという、
相矛盾している非常に頭おかしんじゃね!?
っていう生物という。

 

ということでだ、
明日死ぬとしたらどうする?

 

明日死なない保証がどこにある?

 

毎日安全に過ごせる保証がどこにある?

 

いつもそこに、すぐ傍にいたヤツが
明日にもいる保証がどこにある?

 

 

いいけ。

人生に保証なんてねーんだよ。

 

保証なんて欲しかったらどうすればいいか
分かるか?

 

 

ひたすらチャリ漕ぎ続けるしかないんだよ。

 

チャリ漕がなくなったら、倒れるだろ。

 

だから、倒れそうになったらゆっくりでも
チャリを漕ぐんだよ。

 

そしたら倒れない可能性が高くなる。

 

それでも倒れるときもある。
でもチャリを漕がないより倒れない可能性が
上がる。

 

可能性が上がるだけだ。

 

この世界を分解すると、
カテゴリーになって、要素になって
分子になって原子になって、
最終的に確率になる。

 

 

アインシュタインが言った。

「神はサイコロを振らない」

 

アインシュタインは相対性理論は
完璧だった。

 

E=mc^2ってやつな。

エネルギー=質量×光の速さの2乗

 

でも、最後だけ間違えた。

 

量子力学理論だ。

「神はサイコロを振りまくりなんだよ」

 

 

この世界は確率という非常に曖昧なものに
支配されている。

 

それって保証されているか?

 

されてねーじゃん。

 

確率を上げたり下げたりすることしか
できない。

 

そして人は人を変えることはできない。
変える事ができるのは自分だけだ。

 

自分は自分自身でしか変える事ができない。

 

 

明日死ぬ確率はあるか?

人生100年生きるとしたら、
俺はあと67年ぐらいだ。

 

67年の内どっかの1年で死ぬとしたら
67%だ。

 

67%のうち365日のどこかで
死ぬとしたら、0.18%だ。

 

0.18%のうち、24時間のどっかで
死ぬとしたら、0.0075%だ。

 

0.0075%のうち、
1日1440分のうち死ぬ確率は・・・

めんどい。

 

 

とりあえず、明日の24時間のどっかで
死ぬ確率は0.0075%あるって事だ。

 

何が言いたいかって、明日絶対死なないって
保証がないって事だ。

 

だって、保証がないってことは、
死ぬ確率0%って事だろ。

 

逆に俺は100%の成功する方法を
知っている。

 

 

成功の定義は人それぞれ違う。

例えば、年収1億稼ぐのか?
毎日自由に生きるのか?
美女と毎日遊び続けるのか?
家族と毎日楽しくとか。
911乗って日本中ドライブしまくるか?
世界旅行しまくって毎日遊びまくるのか?
毎日飲み歩くのか?
毎日創作活動し続けるのか?
毎日毎日・・・

 

 

成功という定義における全ての要素を
達成するたった1つの方法は、

成功するまでやる。それだけだ。

 

 

成功するまでやり続ければ100%
成功する。

 

逆にどっかで諦めたら、
100%ではなくなる。ただそれだけ。

 

面白いことに0%は存在しないけど、
100%は存在するって言うね。

 

100%成功するには成功するまで
やり続けるという何のひねりもない
つまらん回答になるわけだ。

 

 

人生なんてというか、
この世界は確率でできてると言っても、
その実、非常にシンプルに構成されている。

 

 

やるかやらないか。

 

 

俺か俺以外か。

 

 

ローランドになる・・・

 

 

 

 

・・・。

 

 

 

 

 

 

明日俺死ぬわ。
っていう選択をして、実行したら
100%死ねるで。

0.0075%じゃなくてな。

 

100%の死を選ばないとしても、
0.0075%の確率で死にたくなくても
死んでしまう。

 

明日死ぬとしたらあぁ、
俺は人生に満足したわ。って
笑って死ねるか?

 

喜怒哀楽の総量は普通に生きている奴らより
あるとは思うけど、その総量はまだまだ
足りん。

 

 

つまり、まだ、満足して死ねない。

 

ジョブズが言う。

だったら、まだ死ねんぞ。と。

 

 

満足して死ねるように日々メンヘラのように
わがままに気ままに生きろよ。という
薄っぺらい事は言わん。

 

大体30歳も過ぎてくると、自然と責任を
引き入れちゃってるもんだよな。
もう逃げれんで。

 

分かるんだよ。逃げたら終わるって。
だから必死になって死ぬ気で
生きてみたりする。

 

 

辛いか。

 

 

 

そうか辛いか。

 

 

 

その時こう考える。

 

 

 

喜怒哀楽の総量の哀しいパラメーターが
溜まってきてるぞ。

 

まぁ、そのうち喜びと楽しさパラメーターも
溜まってくるだろと。

 

怒りはくそほど怒ったからしばらく
いらんなと。

 

まぁ、要するに責任を引き入れて
喜怒哀楽の総量を溜めとけば、
とりあえず死ぬとき満足して死ねるぞって
いう話だ。

 

だから俺は積極的に責任を引き入れていく。

これから先の人生もな。

 

 

大丈夫だ。働き過ぎて過労死したら、
大体チートで異世界転生するって
決まってるから。

 

 

 

・・・。

 

 

 

 

何を目標に日々生きればいいのかっていう
話なんだけど、

一生飽きない方法は、自己成長と
それに伴う社会貢献ってやつだったりする。

 

 

だから俺はひたすら自分を成長させる為に
毎日寝落ちするまで勉強しまくるか、
今みたいにてきとーにコンテンツ作るか、
それ以外の時間はひたすら仕事している。

 

 

たまに飲みにいくけど、
最近は飲みに行きすぎて
毎日二日酔いだったから
しばらく飲みにいくのはいいわ。

 

そうして毎日の時間を自己成長と
他者貢献に使うと、金は貯まるし、
使わんし、飽きないしと、
それなりに日々充実して過ごせるわけだ。

 

 

こうやって毎日過ごしていると、
いずれもう死んでもいっかなって
なるんじゃねって思ったりする。

 

 

明日死ねるとしたら満足して死ねるか?

うん、俺もう満足だわ。
いつ死んでもいいわ。

ってそう言えるように、
そう生きれるように日々葛藤してみようでは
ないか。

 

 

 

 

明日死ねるか?

結論
いやまだ死ねん。

 

 

 

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