人間は誰しもが今いる場所から限りなく遠い何処かに行きたいと思っている生物である。俺自身がそうである。
今この現実からより遠いところに向かって、ただただ駆け抜けていきたいと。そういう風に日々思っているわけなのである。
どれだけ自由に生きれるかを。俺自身には何も失うものがないから全然自由に動くことができる。
今まで生きていて自分の欲しいものを欲しいと思った瞬間に買えた事が1つもなかった。
今になってやっと自分で稼いだ金で自分の好きなもの買って自分の好きなときに自分の好きな場所に行けて、その自由と対価に家族を失ったわけで。
結局孤独と自由というものは非常に対を成しており自由のシノニム「同義語」は孤独であると定義されるわけなのである。
まぁ、全然自由の楽しさに比べると孤独というものはおれからしてみたら全然何の問題もなくむしろ子供の未来を考えた時にもしかしたら俺は自由に行動して大きな基盤を築いていた方がいいかもしれないと考えるようになってきた。
結局どこをどういう風に生きていくかに色々な物事が決まっていくかと思いきや、物事の決まりはいつでも変えれるわけである。
自分自身がそう望んだら。だから俺は自分がこうしたいと思ったら、そうするべきであってそして今まできたし、これからもそうしていくであろう。
どれだけ遠いところでも全然普通に余裕で行けるし、何でも出来る。そうやって自由に慣れてしまうと自由でいられなくなった時の反動がすごくきついのである。
まあ自由という中毒に侵されてしまってるのでこれはもうどうすることもできない、楽しく日々を生きるか、どうかは自分の気分次第である。心持ち次第である。
徹底的に戦うのも面白いと思うし、ここで退いて自由を謳歌するのもよろしい。どういう風な選択をしようと、それが実は自分の中でいちばん最良の選択肢なのである。
俺はいつもそう考えている。
これから日々過ごしていくことにおいて、様々な苦悩や葛藤が訪れるであろう。
それをどう克服するか乗り越えるかという考えではなく、どう楽しむべきか。に焦点を当てた方が絶対面白いと思う。
吹越 広彬と言う人間はもはや失うものが何もないから何でもできる。吹越 広彬というブランドを作り続けていこうと思っているし、今も現にそう行動している。
やはり俺自身はもう自分とはみなさないで高い視点から観察している1人の吹越 広彬という人間なんだなこいつはと。
いうような視点で動いているので、だから別にどうこの吹越広彬という人間が選択しようが俺はもう遠くから眺めているだけだから、そしたら楽しい方向に動いた方がこっちも楽しいわけである。
逆につまらない方向に動くと見てるこっちもつまらなくなる。
無難な生き方。安定した生き方実につまらない。
そんな生き方をするぐらいだったら一瞬で死ねるぐらいスリリングな生き方をした方が1,000倍面白い。
借金も、借りれる限界まで借りた方がいいと思う。
金の借り方だって良質な事業計画を書けさえすれば簡単に借りれる。そんなもんだ。
なんたって金はただの数字であって紙切れであってそこには何の価値も見出さないからである。
じゃあどうする、じゃあどうする。と面白い方でオッケーで。
面白いほうで行きますかという風になるのである。人生をどういうふうに捉えるか、生き方をどういう風に捉えていくかによってだいぶ違ってくる。
俺は今人生を楽しいと思っている。
今までで1番楽しいと思っている。
だったらもうBMW買うしかねーな。
BMW 買ってひたすらいろんな所をガンガン爆走して写真撮って動画あげて、楽しく生きてそれで金でも稼ぐか。
俺は常に動き続けていきたい。
同じ所にはいたくないそういう人間である。
だから、サロンワークという1つの美容室の中でひたすら同じようなルーティンワークは正直なところ、性に合わない。
あまり自由ではないから。
だから俺は自由にどこにでも行けるように動いて行かなければいけない。
自由に動く。生きるという風に日々物事を捉えて行動するべきである。
どうしたらいいかというのはもはやすでに答えが出ているのである。
お前はどうしたいのかと、問いただして。問いただして。そしてたどりついた答えはいつでも楽しい方。面白そうな方である。
その時にリスクは考えるな。
リスクを考えたところで、そんなものは起きなければわからない。
それは起きたらまた楽しい方向で対処すればいいのである。
楽しい時間。楽しい日々 。それらは今感じた瞬間から、もう存在しなくなる無になるのである。だから、出来る限りその瞬間、楽しく思える感情を俺は大切にしていきたい。過去を
振り返ったところで、もうそれは存在しないんだから。
もう意味がないのである。
これは想像しうる楽しい未来を、楽しく思い描いて、その楽しい未来が現在にやってきたときに楽しいと思って。そして一瞬で過ぎ去るとしたら。
その前に。過ぎ去る前にまた、楽しいことを見つけておけばずっと楽しいことだらけだな。
これから先の俺の人生はもっと楽しくなるだろう。
そしてそれは常に書き記していこうと思う。
書き記して残しておいたこれは、ネット上の虚構のもう1つの俺である。
これは吹越広彬の頭の中である。
それをもっともっと突き詰めて考えて生きていこう。
もう9月も16日で半分が過ぎたのである。あともう少しすると青森は雪が降って一瞬で全部白くなるだろう。
俺は冬が一番好きなのである。
全部真っ白くなるのが至極好きなのである。
かなりの確率で冬が一番嫌いという人間ばかりだが。俺は誰もが嫌う冬がいちばん好きなのである。
外にいれば簡単に死ねる。
そして生き物もみんないなくなるから。
相当静かな雪の中の世界は自分の足跡だけしかない。これもまた好きなのである。
今現在は秋だが秋もまた悪くない。
秋は紅葉が見頃だから、ドライブしていてるだけで、相当面白い。
だから山の中とか。なかなかに最高である。
俺は、どうやって生きていこうかと何回もループしている。
何回も何回もループして、たまに死というものが少しだけ訪れる。
それをどう回避するか。どちらかというと受け止める。
死にたいと言う気持ちを受け止める。
そして死ぬことは楽しいことかと問いただす。
未知の体験だからわからないと答える。
終わるか終わらないかは死んでみないとわからない。
その先の世界も続いてるかもしれないから、好奇心に身を任せるって。
死ぬことも割とアリなのかもしれない。
だけど死ぬということは、この世界において、もう存在しなくなるという事は確実のことだから。
だったら死ぬ前に借金も限界まで借りてみようとか。会社を立ち上げて極限レベルまででかくとしてみようとか。
自分の好きなものを好きなだけ全部買って満足してみようとか。
あらかたいろいろな楽しいであろうということを全部やってから飽きたら死ねばいいと思う。
生きてる上において楽しいことはたくさんあるんじゃないだろうか。
たくさんあるだろう。
まずは、それらを全部試してから死ねばいいじゃないか、と俺は考えたわけである。
だから死は人生において一番最後に取っておく最大の楽しみであると考えると。
まだまだ死ねないなと思うから。
じゃあ死ぬ気で生きてみるかという風に逆転の発想に辿り付くのである。
あながち悪くない考え方である。と俺自身も思っている。
今は野辺地に向かってドライブしている。この野辺地という街は俺が高校生の時に住んでいた街である。
街としては実に面白く山と海があり、そして街自体が非常にコンパクトであるからおもしろい。
しかも陸奥と青森のちょうど中間地点であるから海を見てるとなかなかに楽しかったりする。まあでも今は高校の同級生もいるのかどうかわからない。
まあでも1人が好きだから。これはわりと大人になってから野辺地は結構魅力的だと気づいた。しょっちゅう来るのである。
野辺地まで来て気分で陸奥に行きたかったら陸奥に行けばいいし。
青森に行きたかったら、行けば良いし。中間地点だからどこだって行くことができるだろう。
俺の物事の考え方は実にシンプルで楽観的である。
楽しいか楽しくないか。
人生は死ぬまでの暇潰しなのである。
そこに金は関係ないと考えるべきである。
金はもともと価値のないものだからである。
今の現在の世界において昔のような階級がかなり分かれている世界でもない。
上質な事業計画さえ、書くことができれば簡単に金を借りることができる。
それを知っているか知っていないかだけなのである。
俺はもう知ったから銀行から金をいくらでも引き出せることが可能であろう。
銀行にとっても、俺にとってもおいしい話を持って行けばそれで貸してくれるからである。
そして銀行はもともとない金を貸すから銀行にとっても痛くも何ともない。
俺はそれを知っているから別に借りれるだけ借りればいいとおもっている。
めちゃくちゃ銀行から金を借りて、そして自分の好きなものをたくさん買って事業も好きなだけ大きくして展開していけばいい。
それらは全て自分の脳みそから生まれるアイデアである。
今みたいに自分自身の脳みそから吐き出される言葉を全て文章にしとけば。
相当大きなコンテンツができるのである。
実に面白い時代になったのである。金を稼ぐのは超簡単な時代だ。
ぜんぜん稼いでないけど。まだでもこれをひたすら突き詰め続ければある一定の期間から爆発的に金を稼ぐことができるだろう。
もう一生金に困る事はないだろう。まあ、もっと早くそのことに気づいていればよかったんだが、少しばかり気づいていたが、やはり資金力がない。
それに、家族がいたからなかなか攻めることができなかった。でも今はもう家族がいないからまたガンガン人生を攻めれることができる。
攻めまくって超おもしろい人生を生きることがもう可能だ。失うものは何もない。
ということは、これすなわち最強なのである。独身最高となるのである。
俺はもう二度と結婚はしないだろう。事実婚はあるかもしれないが、でも結婚してないから面倒なんて見る必要もないし、金もやる必要はない。
自立した人間同士たまたま一緒に住んでいるぐらいの関係性が俺にはちょうどいい。
子供も生まれた瞬間から、その子供の人生がスタートする。だから子供の人生に親が干渉しすぎるのはよろしくない。
なんて楽しいんだろう。なんてったって、仕事も今は美容室経営だが、自分の気分で閉めれてそしてそこからどこにだって行ける。
もう新潟まで行ったんだから今から東京にだっていける。
東京に行けるとなったらもう東北地方に関しては全てが近い。
東北地方そのものが俺の庭になったのである。
こんなに面白い事はないだろう。
BMWを買ったらものすごく楽しい人生が待っているだろう。
ガンガンBMWに乗って頭いかれるぐらい吹っ飛ばして。ひたすら色んな世界を見ようじゃないか。俺は自由だ。自由なのである。何でもかんでも自由に生きて、自由を思い切りやっと楽しめるようになった。
やっと俺の人生はスタートした。これはもう本当に最高のことなのである。俺の人生はやっと始まったのである。
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